home > About Atsuya Iwashita

  • Linkedln
  • Google+
  • Hatena
  • Yahoo!プロフィール
  • Windows Live
  • Mixi
  • Ameba
  • Twitter
  • YouTube
  • Facebook
  • Twilog
  • にほんブログ村

QRコードからまたは、ケータイにURLを入力して直接アクセスして下さい。

About Atsuya Iwashita

私のことをよく知っていただけるようにプロフィールを箇条書きにしてみました。

略歴ではわかりにくいその時代ごとの過ごし方なども書いてみました。なるべく良いところを探して書いているので、そう思って読んでいただければと思います。


幼稚園時代

甘えん坊で、引っ込み思案で、人見知りだったので、お友達と仲良くなるのに時間がかかった。

人との関わりが苦手で外から家に帰ってくると疲れ果てていた。

絵本が好きで、毎日読むのが楽しみだった。

お買い物ごっこが好きで、お友達とよく遊んでいた。

週末は両親と両国界隈を中心に下町をお散歩していた。
両国という土地柄、魚介類のおいしさを覚え、大好きになった。今考えるととってもグルメな幼児だったと思う。

歌謡曲が好きで歌ったり踊ったり「おませさん」だった。

パンを焼く香りが好きで、将来はパン屋さんになりたいと考えていた。


小学校低学年時代

クラスのみんながさぼる掃除当番をよく一人でやっていた。

掲示貼りや机の並び替えなど先生のお手伝いをよくしていた。

本が好きで、図書室に通ってほとんどの本を読んだ。

放課後は習い事の毎日だった。ピアノ、バイオリン、そろばん、英会話、土曜日は野球でポジションは三番ピッチャーだっ
た。
日曜日は両親と散歩やハイキングに行くことが多かった。

夏休みや冬休みはいなかである長野県上田市へ行って山や川で楽しく過ごした。

星が好きで宇宙に関心を持っていた。

通知表には毎回「落ち着きがない」「字をていねいに書きましょう」と書かれていた。


小学校高学年時代

走るのが速くなったのをきっかけに積極性が増した。

応援団、リレー、ハードル、サッカー、水泳などの選手に選ばれたり、記録会などに参加したりするようになった。とてもうれしい経験だった。

好奇心がさらに旺盛となり、グループで自主学習したり勉強会を開いたりしていた。

ピアノの先生が吹いていて、ずっとあこがれていたトランペットを「五年生になったら吹いてもいいよ」という許可が出たので、友達とトランペット隊をつくり、自主的な音楽活動を始めた。

星が好きで、屋上のある友人の家で徹夜で天体観測をしていた。

学校では科学クラブに入って実験をするのが好きだった。ラムネをつくったり、化学反応を見たりとても楽しく、将来は科学者になりたいと考えていた。

放課後は相変わらず習い事中心の生活だった。


中学校時代

ブラスバンド部の活動のかたわら、陸上や水泳の大会などに参加、球技大会ではバレーボールの選抜メンバーとして出場していた。ポジションはセッター。

先輩の影響でフォークギターを始め、やがてバンドを結成しベースギター担当で文化祭や謝恩会などで演奏していた。

委員会活動は学級委員や行事運営委員を中心に熱心に活動していた。

職員室で先生方と話したり、家に遊びに行ったり、時には先生の書く原稿の代筆をしたりしていた。校長先生、教頭先生、PTA会長にお世話になりつつ先生方との信頼関係を築いていった。

課内クラブは英語劇、軽音楽に入っていた。軽音楽部ではSAXとベースギターを担当し、この頃シンセサイザーと出会った。
パラシュート、高中正義、ザ・スクエア、カシオペアなどのフュージョンやオフコース、甲斐バンドなどの新しいジャンルの音楽と出会った。


高校時代

全国でもトップクラスといわれる富士高校のオーケストラに入りたくて、富士高校に入学した。

社会人やプロの演奏家からも一目おかれるオーケストラなので、そこで自分の力を試してみたかった。
入ってからすぐにチャイコフスキーの五番という交響曲に取り組み、半年後の10月にコンサートホールで演奏会を行った。

その後部長となり、150名の部員達と指揮者をはじめ200名を超えるトレーナー陣との間で板ばさみとなりつつ、リーダーとして厳しく辛い日々を過ごした。今考えるととても良い勉強になったと思っている。

生活は始発電車で出かけ朝練、昼は食事もそこそこで昼練、活動が終わると夜は幹部会で終電という感じで、家には寝に帰るだけといった生活が3年生の11月まで続いた。

その後OBのトレーナー陣のチーフとなりいまだに練習をみている。

学校では「文化祭男」と言われ、オーケストラのほか、ミュージカル、自主制作映画、ポップスオーケストラ、縁日、演劇と様々な活動をし、先生方からは「おまえどこにでもいるな。」とよく言われていた。

ミュージカル「アニー」では富士高史上初の全編生演奏での公演をし、マスコミの取材が来たりしていた。もちろんキャストとしても出演、思いっきり歌っていた。

体育祭ではリレー、短距離走、ハードルの選手として出場、裏方としてはチアリーダーと協力しチア、バンド、ブラスによる大応援団を組織し、応援合戦を盛り上げていた。

時間が空いているときには、友人の家に行ったり、自宅に招いて遊んでいた。

音楽団体HERCULESをつくり、バンド活動やアンサンブル活動をしていた。

夏休みは合宿、練習が中心であったが、お盆はいなかで楽しく過ごした。

お盆とお正月は必ずいなかで過ごしていたせいか、山や川が今でも大好きである。


大学時代

心理学や行動学など人間の心に関心を持ち、それらの分野を中心に勉強していた。

時間があると図書館にこもって本を読んでいた。

人間科学部の第一期生ということで、教授陣やスタッフの方々と一緒にキャンパスをつくっていった。とても楽しかったしやりがいもあって、まさに早稲田の歴史の一ページを創っているという実感があった。

日本有数の大学オーケストラである早稲田大学交響楽団(通称ワセオケ)に入りたくて早稲田に入学したので、すぐに入団した。富士高で実力がついたおかげで一年生からレギュラーポジションだったので様々ないじめに遭いながらもがんばって活動していた。

ワセオケのワールドツアー(世界10カ国での演奏旅行)をきっかけに外国文化に興味を持ち、外国の風習、地理、人々について勉強するようになった。

長期休暇はほとんど合宿で、一番多いときは夏休みにクラリネットパート合宿、木管セクション合宿、全体合宿、富士高の合宿、ゼミ合宿、社会調査実習とかけもちしたこともあった。

三年生で卒業論文を書き上げ、四年生の時には大学院進学のための勉強をしていた。それと同時に就職活動、オーケストラ活動、後輩の指導に力を注いでいた。

体育の授業では弓道とテニスを選択していた。

狭山の森管弦楽団というサークルをつくって幹事長をしていた。

大好きなモーツァルトに熱中していた。


大学院時代

専門は安全管理医学という研究室で人間のエラーについて研究していた。

たとえば宇宙ステーション、原子力発電所、航空機のコックピットなどにおいて人間はどのようにエラーを起こし、事故につながるのか、それを防ぐにはどうしたらよいかというようなことについて、人間の肉体的、精神的な疲労、作業負荷、機械の操作性、システムの安全管理といった視点から研究する分野である。

毎日課題や発表、論文執筆、学会、実習と暇なく研究していた。

あこがれの新交響楽団(日本有数の社会人アマチュアオケでセミプロ集団)のオーディションに合格、東京モーツァルト室内管弦楽団にも入団、どうしても果たしたかったこの二つのオーケストラへの入団という夢を実現し、国内演奏旅行、海外演奏旅行などへ行くかたわらセミプロのエキストラプレーヤーとして様々なオーケストラで演奏しアルバイトがわりにしていた。

楽器屋でも担当のリペアーマンがつくようになり、スカウトされたりしていた。

富士高の後輩の指導も続け、自分の音楽団体アルカディアを創立し活動を続けていた。

博士課程はアメリカのNEWPORT大学の通信教育課程に進学し、人間の集団行動、社会行動、組織行動などについて研究していた。 英語が苦手なので英語の専門書に圧倒されながら辞書を引き引き勉強していた。博士論文は書ききれなかったため満期退学となった。

新交響楽団のベルリン演奏旅行や東京モーツァルト室内管弦楽団の上海演奏旅行などオーケストラ活動はますます盛んになっていた。

経済分野に興味があったので、この頃同時に慶應義塾大学経済学部の通信教育課程に入学し、体系だった経済学の勉強を始めた。主な専攻分野はマーケティング、消費者行動で三田のキャンパスに通っていた。

桜美林大学の大学院に進学するため退学したが、慶應の雰囲気を味わい、キャンパスや文化に触れ、早稲田と違う文化を吸収できた。特に「早慶戦」を「慶早戦」と呼んだり、福澤諭吉先生以外はすべて弟子にあたるので教授陣を「君づけ」で呼び、休講掲示も「○○君休講」としていることなどには驚いた。

就職してから高等教育のあり方、自分の中での大学というものに自分なりの裏づけがほしくなり、桜美林大学大学院に入学した。第一期生ということで全国から注目された。二年間仕事と両立させつつ通い修了した。仕事にも大いに役立っていて研修会や勉強会に参加すると主導的立場で関わることができるようになった。仕事との両立は大変で、家を購入した時期でもあったのでいろいろと忙しかった。


音楽について

自分にとっては幼稚園の頃から関わっていていつもそばにあるものである。

いろいろな音楽に興味があるので、ジャンルにとらわれず、幅広く聴いたり演奏したりする。

普段は自宅音楽室で演奏している。 音や響きにこだわりを持ち、シンセサイザーや様々な機器を使って音づくりをしたり研究したりしている。

楽器の修理・メンテナンスが好きで自分の楽器は自分でメンテナンスしている。

富士高の後輩向けにクラリネット、フルート、オーボエ、ファゴットの教則本などをつくっている。

学生時代は音大や芸大の人と一緒にセミプロとしてエキストラのアルバイトをしていた。バブルの時代はかなりの仕事があった。

モーツァルトが大好きでザルツブルクの生まれた家まで行ってきた。

自分にとって音楽は人との出会い、人間関係の体験として大切なものである。

また、何かひとつやり遂げること、夢に向かって努力しその夢を叶えることを音楽を通じて学んだ。

人生の中で富士オケ、早稲オケでのつらい経験が自分を成長させてくれたと思っている。


学術について

知的好奇心を満足させてくれるものである。

幼い頃から目にはいるもの、耳で聞くものに対し、「あれなあに、これなあに、なんで、どうして」とまわりの大人に尋ねていた。

やがて自分で本を読めるようになったり、調べたりできるようになるとその好奇心を満たすために多くの本を読んだ記憶がある。

いまだに何か知りたいと思ったときは納得するまで調べるくせがある。

今まで所属した学会は以下のとおりであるが、研究室時代に入ったものや周辺分野のものもあるので多くなってしまった。心理・行動学系や教育系が中心である。

日本宇宙航空環境医学会、日本人間工学会、日本心理学会、日本社会心理学会、日本グループダイナミクス学会、日本行動分析学会、日本発達心理学会、日本青年心理学会、日本教育心理学会、日本教育学会、日本高等教育学会、大学教育学会、日本教育社会学会、大学史研究会、大学行政管理学会に所属している。


その他の趣味

外国の文化を学ぶこと
サイクリング・散歩
写真やビデオを撮ること
映画鑑賞
絵画鑑賞(ルノワールのような印象派が好き)
宇宙や星を観ること
シャーロックホームズなどの推理小説・ミステリー



苦手なもの

動物(特に犬)  幼児体験による
らっきょう  幼児体験による
人づき合い  まわりのほとんどの人は反対の性格だと思っているが、中学生時代に自分でなんとかで克服した


嫌いなこと

時間を受動的に使い、浪費すること。時間泥棒。
無条件に何かを信じること。
まわりの不快な雑音。



お酒の席

お酒はほとんどなんでもOK。
ワインは白の辛口、カクテルはジンベース、 ラムベースが好き。
日本酒、中国酒などもOK。
普段家ではビール・ワインを飲んでいる。
外で飲むときは小洒落た店やラウンジより、居酒屋やショットバーなどで「食べ飲み」スタイルが好き。「食べ飲み屋」に行くことが多い。
地域的には池袋、高田馬場、新宿、中野、練馬そして職場の近くの目白が中心。



人生観

何事もなく無事に日々の生活が送れることが最高の幸せだと考えている。精神的にも肉体的にも不安や心配がなく、明るく健康に過ごせるのが一番である。そして、その日その日を精一杯生きて悔いのない人生を送りたいと思っている。



理想の女性像

自分というものをしっかりと持っていて、自分の考えを人に伝えられる人
穏やかでかしこい人
子供好きな人
あまり派手でない人
できれば音楽好きの人
そして尊敬できる人



子育てについて

なるべく多くの人と関わりの中で子育てをしていきたい。三世代、四世代の子育てが理想である。
幼い頃から子供の人格を尊重したい。そして自分のやりたいことを自分で見つけ、自分で決めていけるように環境を提供していきたい。進路は本人の意思を尊重し、切り開いていけるようサポートしたい。
「子育てが趣味です」と言えるようになりたい。

Contents

page top